母子世帯と居住不安定化リスク

1.   はじめに

1995年に発生した阪神・淡路大震災は、平時の住宅事情が災害時の住宅被害、延いては人的被害と密接に関わっていることを証明するものとなった。この災害による死者は、5,500人、その死因の8割が住宅倒壊による圧死、そして焼死であった。その中で、女性の死者が男性のそれよりも千人多かったという事実はあまり知られていない。一部のメディアなどでは「高齢単身女性や母子世帯など、貧困女性の多くが低質な住宅に集中しており、それが、より多くの女性犠牲者を生み出す結果に繫がったのではないか」という報道がなされたが、死者の世帯類型や生存時の住宅事情について残されたデータは皆無であり、その真相は謎のままである。しかし、先頃、筆者は、震災時の母子世帯の住宅被害状況について示した報告書を発見した。これは、宝塚市の状況のみを示した限定的なものではあるが、唯一、当時の母子世帯の住生活問題を記した貴重なものである。これによると、母子世帯の住宅被害状況(全壊、半壊)は一般世帯と比較して大きく、更には、生活保護受給世帯よりも大きいという事実が確認された。同報告書は生活保護受給者の公営住宅率が母子よりも高く、それが、生活保護受給者の住宅被害の縮減に繋がったのではとないかと推論づけている。そのほか、母子世帯は生活保護の住宅給付額よりも低額・低質な住宅に居住する傾向があったため、より大きな被害を受けたのではないかという推測もできなくはないだろう。

近年、わが国の住宅政策はその機能を市場供給の基盤整備及び支援という方向に大きく転換している。よって、今後、施策対象の縮小化は避けられないであろう。しかし、「平時の住宅事情が人の命を左右する」と考えた時、私達は、市場ベースの住宅政策の展開を容認していいのであろうか?以下では、家族関係の解消・崩壊を起因として貧困となり、居住不安に陥る母子世帯に焦点をあて、その実態について紹介する。

2. 低質な住宅に居住する母子世帯

「上の子が、部屋が狭いとこぼすようになって・・・。どんどん塞込んでいって、欝になったんじゃないかと心配したくらい。身長はどんどん大きくなるし。手足を伸ばして寝られないって。だからと言って簡単に転居はできないし。」

インタビュー当時、Aさんは1Kのアパートに子ども2人(男児、女児)と暮らしていた。子どもが宿題をするときには、蒲団を積み上げスペースを作った。誕生日に学習机をねだられても「引越ししてから」となだめた。「人並みの生活」をさせてやれていないのではないかと悩んだ時期もあったという。

プライベートスペースのない狭い空間での生活が子どもの成育環境に悪影響を与えるであろうことは想像に難くない。こういったAさんのケースは決して稀ではない。筆者が2005年に大阪市母と子の共励会の協力を得て行った居住実態調査によると、民間借家に居住する母子世帯の4割強が最低居住水準以下の生活を強いられており、他方でその住居費負担は月収の約4割という結果であった。所得の低い母子世帯にとって、家計の4割という住居費支払いが如何に負担の重いものであるか、容易に推測できるであろう。

一般に、母子世帯は多くの国で多様な生活問題、例えば、子育て、労働、収入、資産、社会的ネットワーク、DVの経験などを抱え、社会的サポートを必要とする存在として知られている。 とりわけ居住の安定は人間の生活基盤の中心であり、労働や社会的ネットワークの要となるものである。しかしながら、公的住宅供給が不十分なわが国では、生活に困窮する母子世帯が良質でアフォーダブルな住宅を確保することは容易ではない。確かに、母子世帯に対する住宅支援には、母子生活支援施設の供給、公営住宅優先入居制度、母子福祉資金の中に位置づけられる住宅資金、転宅資金の貸付制度などがあるが、これらは、母子世帯の住宅ニーズに十分に合致するものとはなっていない[i]。従って、経済的に困窮する母子世帯が上記のような深刻な居住環境の下での生活を強いられているのが実態なのである。

3. 母子世帯と居住不安定化リスク

母子世帯を居住貧困に陥れる主要因として、離婚を契機とする住宅移動が挙げられる。前出の調査によると、母子世帯の7割が離婚と同時に転居を経験している。転居の理由は、夫の暴力や借金などで緊急に避難する場合や、「持家の名義が夫であるため」、「持家に留まってもローンが支払えない」、あるいは「安価な賃貸住宅を借り替えた」など様々である。しかしながら、緊急に住宅を必要とする母子世帯が利用できる住宅支援が皆無である。

しかしながら、離婚前後の母子世帯にとって転居し新たな住宅を確保するには多くの困難が伴う。彼女達が超えなければならない、大きなハードルは、なによりもまず住宅確保資金の捻出である。結婚時の家を後にする時点で、まとまった貯蓄、そして安定した職を得ていない母子は多い。また、彼女達の多くは、結婚時に主婦であったり、就業していたがパートであったりという割合が高く、離婚直後に家計を支えうる職につくことはまず難しい。こういったため、わずかな貯蓄を切り崩す、あるいは借金をするなどして住処を確保するといったケースも多い。そのほか、転宅のための資金繰りが苦しく、やむをえず、実家やその他の親類宅、友人宅に仮住まいをする母子も存在する。筆者の調査では、離婚前に家を出る母子の6割が、離婚直後に家を出る母子の4割が親類や友人宅に身を寄せていた。当事者に対するインタビュー調査では、「長期に渡る友人宅での仮住まいの末、居辛くなって別の友人宅に移動した」「友人宅の1LDKのリビングに子どもと仮住まいをしていた」、「実家に帰ったが兄弟の配偶者がいて居辛かった」などという類の話もいくつか聞かれた。こういった彼女達の実相は、まさに「隠れたホームレス」といえるが、路上ホームレスとは異なり、統計的数字には反映されない、目に見えない存在であるが故に支援のターゲットにはなりにくいのが現状なのである。

4.子育て・就労と住宅

では、母子世帯の住生活問題は単に安価な住宅の提供だけで解決するものなのだろうか。その答えは「NO」である。葛西(2005)では、母子世帯の多くが、仕事の都合や安価な住宅の入手可能性よりも、むしろ子どもの学校環境の維持、あるいは、インフォーマル(私的)な育児支援を求めて立地・住宅選択を行っていることを明らかにしている。特に、小学校、中学校くらいの子どもを持つ母親は極力子どもを転校させないように配慮する傾向にある。その真意は、「親の離婚と転校という環境の激変に子どもが対応できないのではないか」といった懸念がほとんどのようだ。また、就学前の子どもを抱える母子からは、「保育所の送迎のため、就労時間が限定される」や「子どもが熱を出したりするたびに早退、欠勤を余技なくされる」といった不満がよく聞かれる。詰まるところ、小さな子を抱え、母親が就労を継続させるには、インフォーマルな育児支援が不可欠となる。これらのため、母子世帯は、子どもの学区や人的ネットワークに拘って住宅を確保し、子育て環境を整備した上で、就労先を探すといったプロセスを辿らざるをえなくなる。当然のことながら、希望する地域に好条件の職場、あるいは物件がないといったリスクが予測される。育児環境を整備しなければ就業できず、また育児環境を優先したがために、生活が安定せず、更には、低質な居住環境を強いられる。こういった悪循環な状況が母子世帯を待ち受けているのである。

5.結びにかえて

母子に限らず、子を抱え働く「男女」にとって、「子育て」に配慮した住環境の整備は必須である。離婚に際して、女が子を引き取ることが当然という社会通念は根強いが、この背景には男性が1人で子を育てることが困難な社会構造があるためである。しかし、突然の死別、離婚によって不慣れな育児を引き受ける父親は確実に存在する。多くの場合、父子世帯は貧困リスクの回避から仕事中心の生活を選択する傾向が高いようであるが、その皺寄せは、実家や児童擁護施設依存型の子育てという形で生じる。逆に、育児に比重をかけたが故に、転職、失職、更には貧困に陥る事例も見られるが、彼らを対象とした、公的施策(一時保護施設等)は皆無の状況である。そのため、最悪の場合には、路上ホームレスとなり父子分離型の保護施設へそれぞれ収容されるということになる。

新自由主義社会の進行とその下での住宅政策の展開により、住宅分野でのセーフティネットが盛んに論じられるようになった。その中で世帯の多様化に伴う居住ニーズの多様化は、その焦点の一つになっていながら、政府は、未だ、困難事情の相違を無視した画一的な住宅支援を継続している。その結果、ひとり親世帯のように、福祉の狭間にもれ落ちるグループが存在することを忘れてはならない。父子、母子の別に係わらずひとり人親が安心して子どもを育てられる住環境を整備していくことは、世帯の多様化が進行する現状において、なによりもまず優先されなければならない課題と言えるだろう。

 


[i]①母子生活支援施設(旧母子寮)は、生活に困窮する母子世帯を対象にした一時保護施設である。これは、児童福祉法第38条に位置づけられている。この施設へのニーズは低く、2003年の全母調によると、この制度を「利用しているまたは利用したことがある」と回答した世帯は3%のみであり、この制度を「今後利用したい」と回答した世帯は13.6%であった。施設に対するニーズが低い理由として、松原(1999)は建物の設備や老朽化や居室の狭さを挙げており、田端(1993)は施設居住者に対する差別視の風潮を挙げている。ニーズの低下により1964年に全国に629カ所あった施設が2003年には288カ所にまで減少している。

②公営住宅優先入居制度は、公営住宅入居申込者のうち、一部住宅困窮度の高い者を、一般住宅困窮者よりも優先して住宅の援助を行うというものであり、通達に基づいて実施されている。1955年に、はじめて、公営住宅入居者選考の際に母子世帯を優先的に取り扱う旨の通達が出されてから数度の通達を経て現在に至っている。しかしながら、葛西(2005)は公営住宅がⅰ供給不足、ⅱ地域的偏在、ⅲ緊急的利用が不可能であるという問題を孕んでおり、そのため母子世帯の居住ニーズに対応困難になっていると指摘している。

③母子福祉資金は、母子及び寡婦福祉法第10条に位置づけられる貸付事業である。その中で住宅に関する貸付事業は住宅資金及び転宅資金である。住宅資金とは、現在住んでいる住宅の増改築や補修に必要な資金、又は自ら居住する住宅の建設及び購入するために必要な資金の貸付事業である。転宅資金とは、住居の移転に伴う敷金、権利金などの一時金に充てる資金である。2003年全母調ではこの制度を「利用しているまたは利用したことがある」と回答した世帯(10.5%)とこの制度を「今後利用したい」と回答した世帯(51.9%)の間に大きなギャップが見られた。これは、利用にあたって償還能力の厳しい査定や安定した所得を得ている保証人を必要とされ、審査から漏れる母子世帯が多数存在することが理由である。

④生活保護に伴う住宅扶助は、生活保護を構成する7扶助のうちの1つである。月々の地代や家賃、間代のほか、転居にともなう権利金、敷金、不動産業者への礼金、住宅補修費が支給される。しかしながら、貧困以下の母子世帯でも生活保護を受給していない者も多く、2003年社会福祉行政業務報告によると、生活保護を受給している母子世帯は82、216世帯で全母子世帯の6.7%に過ぎない。本アンケート調査の自由記述欄には、「受給することに抵抗がある」や「役所窓口で受け付けてもらえなかった」などという記述が見られた。

「女たちの21世紀 (54), 12-15, 2008-06-00 アジア女性資料センター」 より

 

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