横浜ベビーシッター殺人事件に思う;母子家庭にみる住まいの貧困 住宅会議91より

母子世帯にみる住まいの貧困 

〇離婚と貧困

「女は三界に家なし」という言葉がある。これは、女は未婚の間は親に、結婚後は夫に、そして、老いてからは子に従うほかなく、その一生において安住の場所がないという様を表現したものである。言い換えれば、扶養者がいない女たちの生活は厳しいものにならざるをえず、定まる家を確保することも難しいということを意味している。

女性の高学歴化、専門職化は進行し、経済的に自立する女性も大幅に増えた。未婚女性をターゲットにした分譲マンションも売れ行きは上々のようで、女性が自分名義の家を所有するということはいまや珍しい時代ではなくなった。こういった状況を見ると、「女は三界に家なし」などという言葉は、

既に「死語」のように思われるだろうが、実際はその影で貧困の女性化はじわじわと進行している。

女性の労働力率は相対的に上昇傾向にあるものの、その多くが、不安定な非正規労働に従事している。2013年の国税庁の民間給与実態統計調査によると、非正規の女性の平均年収は143万円と、完全にワーキングプアの状態に陥っていることがわかる。

その中でも母子世帯の貧困率はとりわけ高い。2011年現在、母子世帯は124万世帯と推計されているが、その約8割が離婚によるものである。8割を超える母子世帯が就労しているが、うち約6割は非正規労働に従事しており、その平均年収は手当を含め一般世帯の約3分の1程度でしかない。不安定就労をいくつも掛け持ちする、いわゆる「ダブルワーク」、「トリプルワーク」をこなす母子世帯は珍しくなく、無理な働き方から体を壊してしまうケースもあるという。

そういった状況であっても、生活保護を受給する母子世帯は全体の1割程度であり(厚労省2014)、それがセーフティネットとして十分に機能していない実情が伺える。

 

〇離婚による住まいの喪失

 母子世帯の住宅所有関係を見ると、持家率は3割弱と一般世帯よりも随分低く、一方で、民間や公営等の借家の割合が5割を超える。また、一部、実家等にて生活する「同居」という割合も存在する。

離婚を機に居所を失う母子は多い。結婚時に持家に居住していても、その名義が夫のものであるためや、あるいはローンのある持家に居住し続けることへの不安から退去する場合もある。民間賃貸住宅に居住している場合にも、家賃負担を考えて転居するというケースも少なくない。中には、DVや借金等でやむを得ず妻側が家を出ざるをえない状況もある。

 母子世帯が利用できる住宅支援制度もあるが、それらは、彼女らのニーズを十分に満たしえるものにはなっていない。中でも公営住宅への入居を希望する母子世帯は多い。ほとんどの自治体が母子世帯に対して公営住宅の優先入居制度を設けているが、「希望する地域に空きがない」、「何度応募しても当らない」などの理由から、利用を断念するケースがほとんどである。また、公営住宅は応募したからといって即入居できる類のものではないし、入居できたとしても応募から入居まで相当の時間を要する。つまり、離婚直後の緊急に住まいの確保が必要となる時期には利用できない制度なのである。こういったことから、離婚後、多くの母子世帯が自助努力によって「行き場」を確保することとなる。

 筆者が2005年に、大阪市の母子世帯を対象に実施した調査では、8割近くが母子世帯になることを機に転居しており、そのほとんどが、なんらかの住宅確保の問題に直面したと回答していた。

URを含む民間の賃貸住宅を確保しようにも、仕事が見つからず、月々の家賃が支払えない、ひいては一時金が支払えない、保証人の確保が難しいなどといったハードルがある。また、家財道具一式を揃えるには、まとまった資金が必要となり、すぐに安定的な住まいに移行できない母子は多い。

では、彼女らは、離婚直後、どのようにして行き場を確保しているのか。

筆者の調査では、「友人宅や親類宅を転々とした」、また、転々としないまでも、一旦、どこかに仮住まいをした後、安定した住まいに移行したというケースが少なくない割合で見られた。勿論、一度目の転居で実家等に定住するケースもあるが、「きょうだいが結婚して実家で暮らしている」、「親が再婚している」などのため、仮住まいはできても、定住はできないといった事情もあるのである。

母子世帯に行ったヒアリング調査では、「次の住宅が見つかるまで、知人の事務所のソファーで寝泊していた」や、「友人宅のダイニングキッチンに置いてもらっていたが、友人との関係が悪くなり、別の友人宅に移動した」など、離婚後に、極めて不安定な居住状況に陥る実情が浮き彫りとなった。

行き場を失った母子世帯に対しては、児童福祉法に位置付く母子生活支援施設が準備されているが、ハードの老朽化、施設に対するスティグマ、施設環境が現代の生活スタイルに合致しないなどの理由から、利用者が激減しているのが現状である。

欧米であれば、借り住まいはホームレスの定義に値する状態である。如何に、離婚直後の母子世帯の居住不安を解消するか。早急な支援が望まれる。

 

〇離婚後の生活と居住地選択

 では、母子世帯は何を優先して居住地選択をしているのか。

筆者の調査では、母子世帯の居住地選択は「子の学区」や「私的な育児支援」など、子の成育環境を重視してなされる傾向が高いことが明らかになっている。

 とりわけ、小学校、中学校の子のいる世帯では、転校を嫌がる傾向が高く、元の学区内で住み替えを行う傾向が高い。就学児童の場合には、友人関係、習い事や学童保育等も含め、子の生活スタイルが既に確立されており、それを壊すことに不安を感じる親が多いためである。

 他方、就学前の子を抱える世帯では、親等から育児支援を得られる地域に転居する割合が高い。地域によっては保育所の空きがない場合もあり、また、うまく入所できたとしても、子の発熱、ケガ等、不測の事態が発生するたびに対応が求められる。欠勤が続けば、職場での立場も悪くなる。更に、保育所等の閉開所時間にあわせると、残業や早朝出勤も難しく、もちろん、出張などもこなせない。

結果、母子世帯は融通が利かないと、クビを切られたり、責任ある仕事から外されたりということにもつながりかねない。そこで、実家に身を寄せるか、近居することで、公的保育の足りない部分を補填しつつ、なんとか就労環境を整備しようと努力するケースは多いのである。他方で、頼る親類や友人のいない母子世帯はより一層の困難を強いられる。

NHKが2014年1月27日付で放送した若年女性の貧困の実態は、衝撃的なものであった。安い時給でいくつもの仕事を掛け持ちしながら子を養育する女性の「自分が倒れたらこの子達は餓死するのではないか」という言葉はその深刻さを物語る。中でも驚いたのは、このような状況に目を付けた風俗店が保育や住まいを支援するケースが増えてきていることである。待機児童の問題などから育児支援が得られず、就労困難に陥っている母子世帯は多い。番組の中の女性は、生活に困窮し、役所に助けを求めても、生活保護の受給には時間がかかると説明されたという。結果、育児と就労そして住まいがワンパッケージで提供される風俗店に行きついたというのだ。

 筆者の調査でも、仕事の都合や安価な住宅があったからという理由で居住地選択をしているケースは意外にも少なかった。これは、条件のよい職やハードとしての住まいがあっても育児支援がなければ母子世帯の生活が成り立たないことを意味する。つまり、生活の場にソフトとしての生活支援がセットされて初めて彼女らの住生活ニーズは満たされるのである。

 

○劣悪な住環境

筆者が2005年に大阪市の母子世帯を対象に実施した調査では、3割の世帯が最低居住水準未満の住宅に居住していた。これは、一般世帯と比較するとかなり高い数字である。住宅所有関係別に見ると、民間借家では4割強が、同居世帯では、約半数が最低居住水準未満の住環境にあった。うち、同居先の住宅は、6割が持家であるが、残る4割は借家であり、そのうち2割は公営住宅という結果である。このことから、同居先は居住スペースに余裕があるケースばかりではないことが伺える。

劣悪なのは、住宅の規模だけではない。筆者は、これまで、ひとり親家庭を対象とした数十件の訪問聞き取り調査を実施したが、風呂がない、便所が水洗ではない、床が傾いている、壁がはがれて落ちてきているなどといったケースもあった。また、持家に居住する母子世帯からは、住まいが老朽化しているが、そのメンテナンス費用が出せない、売却は難しく転居が困難との意見が聞かれた。

こういった低質な住宅であっても、月収に占める家賃の割合を示す住居費負担率は平均35%と高く、それは、平均収入が低いほど高くなる傾向にあった。低所得階層にとって、3割を超える家賃負担は極度に生活を圧迫するものになる。中には、収入はないが家賃を支払っている、あるいは、収入よりも高い家賃を支払っているなどというケースもあった。ひとり親の就労は極めて不安定である。支払える範囲の家賃と判断して、入居したものの、リストラ等、突然の辞職によって、家賃負担が跳ね上がることも珍しくないのである。

阪神淡路大震災時の母子世帯の住宅被害状況を調査した際、とある市の母子世帯の住宅倒壊率は、一般世帯はもとより、生活保護受給者よりも高かった。この理由として、母子世帯が生活保護世帯の住宅扶助基準よりも安い住宅に住んでいたことなどが推測される。住まいの質の問題は、災害時には命の危機にかかわる重要な問題となりかねない。家賃補助制度の導入も視野に入れ、低所得階層の住まいの質の底上げが検討されるべきであろう。

 

〇ケア相互補完型シェア居住の可能性

ひとり親の生活の安定のためには、私的な育児支援者の有無にかかわらず、個々人が望む地域において安定的に住み続けられるような、住まいとケアの一体的提供が望まれる。例えば、非血縁関係にある複数の世帯が、ケアの不足を共に補完し合いながら暮らすという手法は1つの可能性として指摘できる。ひとり親を対象としたシェアハウスは、首都圏を中心に市民権を得始めている。

不動産業者が運営するシェアハウスAは8世帯の母子世帯がともに暮らす。筆者がハウスを訪れたある夕方のリビングでは、料理好きの住人が夕食の準備を始めており、その住人の幼い子は、同じ空間でテレビを見ている。そこへ、小学生の子が帰宅をし、その幼い子をあやしている。その2人はきょうだいではない。また、ある女性が仕事から帰宅し、キッチンをのぞき込んで「今日の夕食は何か」など雑談をしている。キッチンにあるホワイトボードには、居住者からの伝言や夕食の献立が書かれている。このように、同ハウスでは緩やかな助け合いとほどよいコミュニケーションが見られ、更に、放課後の子どもが一人にならずにすむ環境が提供されている。このハウスの特徴は週に2度、自然食を使った夕食がふるまわれ、夕方から夜の数時間、親の自由時間を確保するためのチャイルドケアが派遣されることである。その費用も含めて、月の住居費は90,000円程度と決して安くはない。それでも、入居に関する問い合わせは多く、同系列2棟のハウスも含め、満室とのことである。

また、2013年に関西にて開設したシェアハウスモンプラースは、メゾネット2フロア設計の7LDKであり、広々とした個室と豊かな共有空間が魅力である。このハウスの家賃は38,000円から42,000円であり、初期費用を併せても5万円台で入居が可能だ。定員は6世帯であり、2014年5月現在、母子世帯と単身女性の2世帯が入居しており、7月にはもう1世帯増得る予定である。入居の問い合わせは、関西圏以外の地方からも寄せられており、低家賃の割に住宅の質や利便性がよいこと、家財道具が準備されていてすぐに生活がはじめられる点が魅力のようだ。離婚の準備段階から見学に訪れるケースもあるという。ハウスのルールは、異性の入室を禁じる、夜間の騒音は禁止、共有スペースに私物を置かないなど至ってシンプルである。入居希望者には必ず面接をし、希望があればハウスのイベントにも参加してもらう。必要であれば、体験入居も勧める。オーナーのK氏は「シングルマザーは、単身者のように身軽ではない。体験してみて、入居者との相性や周辺環境も十分に吟味してもらうことが重要」と語る。また、K氏は「働くママさんを支えるには育児支援は必須であり、今後、ハウスの数を増やして採算が合うようになれば、託児所運営も視野に入れている」との野望を語ってくれた。

○さいごに

 先日、横浜市のシングルマザーがネットの紹介サイトで知り合った男性ベビーシッターに子を預け、結果的に、子が死亡するという衝撃的なニュースがあった。そのシングルマザーは、複数回に渡り、そのサイトを経由してサービスを利用しており、うち何度かは、子がケガをしていたと証言している。その母親はなぜそのサイトを利用し続けたのか。その理由は、1人1泊4、000円と、サービス費用が破格に安いことと、すぐに対応してもらえる柔軟性にあった。

事件後、ツイッター等では、彼女を猛烈に批判する書き込みが殺到した。そのほとんどが「素性のわからない人間に子を託すなど信じられない」、「危機意識が低い」、「母親が殺したのも同然」など、女性の軽率な行動を徹底的に批判するものであった。

確かに、ネットでやりとりしただけの男性に、しかも泊りでわが子を任せるなどという判断はあまりにも無責任と言わざるを得ない。しかしながら、彼女の就労を支えるための育児の手段が他になかったこともまた事実である。仕事に行かなければ、生活が困窮してしまう。とはいえ、質が担保された育児支援サービスを利用する経済的余裕はない。ネットで安価な育児紹介サイトを発見し、危ういとわかっていながらも、そこを頼らなければならない。こういった彼女らの切迫した状況は十分に理解ができる。実家等の支援が得られる母子世帯ばかりではない。とりわけ、都心部などでは、気軽に子どもを見てもらったり、相談したりといった地縁関係は崩壊している。行政からの支援が不十分な中、社会から孤立し、生きていくために、仕方なく危険な選択をしてしまうことを誰が責められるだろうか。

 この事件を受けて、厚労省は、紹介サイト利用の留意点を公表した。その中身は、事前に面接を行うこと、保育の場所の確認をしておくこと、緊急時に敏速な対応が取れるようにしておくことや、不満や疑問は率直にたずねることなどの10項目である。勿論、こういった注意喚起は必要であるが、もっと重要なことは、ひとり親を含め、働く世帯の育児を国としてきっちりと保障していくことではないだろうか。本稿でも見たとおり、母子世帯(父子世帯も含む)の居住貧困の解消に向けて必要なことは、ハードの質の改善に固執していては解を得ることはできない。そこに安定して住み続けられるためのケアを如何に整備していくかという点を含めて考えていくべき時期に来ているのである。

 本稿では、ひとり親の安定居住を実現する1つの可能性として、ケアを相互に補完しながら、共に住まう「シェア居住」の事例を提示した。こういった住まい方を公的に保障していくなど、住まいとケアを一体的に提供しうる方策が早急に検討されるべきであろう。

 

参考文献

・厚生労働省 平成23年全国母子世帯等実態調査報告

http://www.stat.go.jp/data/roudou/pdf/point16.pdf

・国税庁 平成24年度分民間給与実態統計調査 

・厚生労働省(2014)ひとり親の支援についhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/pdf/shien_01.pdf

住宅会議91号(2014年6月30日発行)特集、女性の貧困と住まい より

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